ビジネスマンになるためにサラリーマンを経験するのはむしろ必須と思う。
もちろん、大企業にもビジネスマンは生息している。しかし、年を負って職責を上げる毎にサラリーマン化するので注意が必要。
大企業ではサラリーマンからビジネスマンになる為の予備校ともいえる。多かれ少なかれ既存の素敵な仕組に乗っかって安心できる。直接収益に関わらなくとも、病気で倒れても報酬が与えられ生活に困る不安はない。安心しながらビジネスのお作法を学べたり、社会的インパクトのあるプロジェクトを経験し比較的高い視点でビジネスを考えられたり、専門性を磨き何屋として生きていくか決められたり。
日銭を稼ぐ心配をしていては高い視点は持ちにくい。プロジェクトの規模があるからこそより社会に影響を与える視点でビジネスを考えらる。余裕があるからこそ社会的に価値ある専門的な能力を身につけやすい。ビジネスマンになるためのハビタットだ。
ビジネスマンは何をもってして社会に益をもたらせるか精進するはず。日々何かを消費し続け存在する以上、消費価値以上を社会に出力してこそ存在意義がある。大企業はそれを増幅させる道具とも言える。提供価値向上のスキルをやしなえる場とも言える。
だから、そこに居ても居なくてもビジネスマンにはなれる。でも…
2、30代では独りで仕事をしても専門性があれば納得いく成果物が得られる。しかし、経験を重ねるにつれ自他ともに求められる成果物は大きくなりコラボレーションを避けて通れなくなる。
大企業のコラボレーションとビジネスマンのコラボレーションの求められるスキルは違う。大企業では理解できず反対する人を納得させたりバイパスしたり、組織の負の圧力から逃れるスキルだったりする。適合性無いリソースを無理矢理にアロケーションするスキルだったりする。
そして気がつけば会話の内容の99%が社内の人と事情にまつわる愚痴か武勇伝だったり、そして、残りの1%が事業の話になってたりする。事業の話も顧客目線でなく会社目線だったりする。新たなチャレンジも社内の相対的な差分を埋める事だったりする。
何を社会に、顧客に提供するか。これだけで良いはずなのに。事業が上手くいっていれば社内の愚痴も武勇伝も不思議と無くなる。
その危険信号が卒業のタイミングかもしれない。